コンクールよもやま話・ライブ配信で聴くピティナ・ピアノコンペティション特級ファイナル2020
2020年8月21日(金) とても幸運なことにスケジュールがバッチリ合い、ドイツ時間の午前~正午すぎにかけてYouTubeでライブ配信された国内最大級のピアノコンクール「第44回ピティナ・ピアノコンペティション(以下コンペ)」特級ファイナルの模様をベルリンの自宅で視聴することができた。
コロナ禍真っ只中のこの夏、コンペ審査方法にも大幅な変更が加えられたが、最上級カテゴリーである特級は一次予選のみが動画審査に変わり、あとのラウンドは全て実地(ただし予選は無観客)で開催された。私もドイツから一次予選に審査員として遠隔参加し、ファイナリストに選ばれた人を含む多くの素晴らしい演奏を聴かせていただいていたので、このような形でコンペティションが無事に開催されることは本当に喜ばしく、感慨深い気持ちでいっぱいになりながら配信される画面を見つめた。
音楽コンクールがインターネット上でライブ配信されるようになってどのくらい経つだろうか。私が2010年のショパン国際ピアノコンクールに参加した際にもワルシャワのフィルハーモニーホールから全世界へ向けてネットで同時配信が行われていたが、当時はまだまだ「新しい」感じがした。しかしそれから10年が経った今ではもう特別驚くようなことではなくなり、大規模な国際コンクールではライブ配信がほぼ標準装備されている。日本国内ではこのピティナのコンペが先駆けだろう。
今年は特級ファイナリスト4名中、3名がラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を、1名がショパンのピアノ協奏曲第2番を演奏するという。これを知った時、え?ラフマニノフの3番をこんな若い人たち(うち二人は10代)が弾けちゃうわけ?すごくない?!と映画「シャイン」世代の私は心底驚いた。
ご存知の方も多いとは思うが、1996年に公開された映画「シャイン」では、主人公である実在のピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴットが同曲の演奏を終えた直後に舞台上で卒倒してしまう。数え切れないほど繰り返して観たこのドラマチックな映画の影響で、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番は演奏不可能な(仮に弾けたとしても精神を病んで倒れてしまうであろう)楽曲として劇中のシーンと共に細胞レベルでインプットされることになり、今日に至るまで畏れ多すぎて手を出すことはなかった。
しかし、この難曲に果敢にも挑戦する若者たちに非常に感化された私は、ファイナルを聴く前にひっそりと初見(初試奏)を試みることを思い立ち、初めて全楽章を通して楽譜を追いながら、憧れの名曲を自分で音に出す瞬間の醍醐味は何物にも代えがたい、このような素晴らしい音楽に寄り添える時間ほど純粋に楽しいときはないと実感し、静かな感動をおぼえた。
そしてその初見の結果、この20年間ほど封印していた楽曲が自分にも「案外弾ける」ことが判明したので少しホッとした次第である。こんなことならもう少し早い時期にちゃんと勉強しておけば良かったと後悔したのも事実だが、「機会」というものはぼーっとしていると逃げていくものだ。こんな私に思いがけず「ラフ3試奏の機会」を作ってくれたファイナリストの皆さんに感謝したい。
さて、特級ファイナルの会場はサントリーホール。ピアノコンチェルトをサポートするオーケストラ・東京交響楽団の皆さんは全員グレーのマスク着用(←白いのより目立たなくて良い感じ)、指揮者の岩村力氏は口元にフェイスシェード、ソリストは何もなし。客席の大部分に空席が見え、お客様間のソーシャルディスタンスが保たれていることがわかる。この空席がどの程度ホールの残響に影響しているのか、ピアノを弾く者としては気になるところである。
ライブ配信は会場に漂う緊張感をそのまま伝えていたように思う。音質も申し分なく、細部までクリアに聞こえた。ノイズキャンセリング機能付きのイアフォンも大活躍してくれた。なお、ライブ配信時に画面上に出てくるチャット機能は非表示にさせてもらった。
動画に関しては特にオーケストラ側からのソリストのカットが観る者にとって一番「近さ」が感じられ、鬼気迫る様子を間近に受け取れる距離感のため、このカットが曲の要所要所でやってくると思わず見入ってしまう(後半、当該のカメラに不具合があったのは至極残念)。それ以外でも奏者の息遣いのひとつずつが手に取るように伝わってきて、痒い所に手が届くカメラワークにも感心しながら鑑賞した。もちろん、会場の客席で生の演奏を聴く方が何倍も良いに決まっているが、こうして海を隔てて母国のピアノコンクールをリアルタイムで体験できるなんてすごいじゃないか!
それぞれにキャラクターが立っている4名のファイナリストたちの演奏を続けて聴きながら、クライマックスへ近づくにつれて徐々に感動は加速していき、全てを聴き終わった時には途方も無い満足感でいっぱいだった。この感動を求めていたのだよ、ありがとう!!!と画面に向かって拍手を送る。その後、会場の皆さんと同じく表彰式を今か今かと待ったのは言うまでもない。気になる審査結果はすでに発表されている通り。
2020年度 第44回ピティナ・ピアノコンペティション特級 最終結果(8/21)
●グランプリ:尾城 杏奈(東京藝術大学大学院 院1)
●銀賞:森本 隼太(角川ドワンゴ学園N高等学校 高1)
●銅賞:谷 昂登(桐朋女子高等学校音楽科男女共学 高2)
●入選:山縣 美季(東京藝術大学 大1)
聴衆賞
第1位 森本 隼太
第2位 山縣 美季
第3位 尾城 杏奈
第4位 谷 昂登
会場票337、オンライン票3,649の投票があったとのこと。
受賞者の皆さん、おめでとうございます。
グランプリから銅賞までの3人が、ラフマニノフの3番を演奏した方々だ。それぞれの個性ある解釈と表現に11名の審査員の先生方の間で評価が分かれてディスカッションになり、ひょっとしたら表彰式が遅れるかな?とも思ったが、ほぼ予定通りに進行したので、あっさりと決まったのだろう。今回はコロナの影響で海外からの外国人審査員がいらっしゃらなかったため、まとまりやすかったのかもしれない(いろんな意味で)。各審査員による採点表など審査結果の詳細は後日ピティナ会報誌「結果特集号」でも発表されるはずなので、それぞれの評価を見比べてみるのも面白いだろう。
極限の緊張の中でここまで完成度の高い音楽を披露してくれたファイナリストの皆さんには、本当に頭が下がる。ほんの一部の例外を除けばコンクールや試験といった相対評価の場を通らずしてプロになる道はないので、この舞台に辿り着けなかった人には苦しくても通過点として考えて欲しいし、目指すところがある人たちには一時の結果や良し悪しにとらわれず、長いスパンで頑張ってもらいたい。私も頑張ります。
写真はスペイン・マヨルカ島のショパン博物館にあるショパンのピアノ
廃村の秘密・ドイツに残る旧ソ連軍の基地跡「フォーゲルザング 」村に隠されたもの
ベルリンの隣の州を気ままに旅する予定だった週末、「旧ソ連の軍事基地跡地がある」と小耳に挟み、好奇心旺盛な我々は自転車で向かうことにした。ソ連軍が自国の外に秘密裏に基地を作っていた、それもベルリンからほど近いブランデンブルク州ツェーデニックに!「廃墟」と「ソ連軍が残したもの」という二つのキーワードに惹かれほとんど思いつきで目指したのだが、これがなかなかのアドベンチャーになった。「鳥の歌(フォーゲルザング Vogelsang)」というおとぎ話のような名前の土地の、森の奥深くにこの基地跡はある。


前日に宿泊していたオラニエンブルクからポピーの乱れ咲く原っぱを横目に幅広のサイクリング用の道を走り、グーグルマップのおおよその位置を頼りに森の中の基地を目指す。森に入ってからは舗装されていない砂だらけの道を自転車を押しながらえっちらおっちら歩き、途中ベリーを摘んで小腹を満たし、さまよいながらけもの道をつたい進むと、ソ連軍が置いていったような朽ちた軍用車の一部分、錆びたバケツやコップなどの日用道具が打ち棄てられている目的地らしきエリアに入った。


いよいよ近づいてきた、と思ったら人影が。一人の男性が何か記念になるものをとでも思ったのか、廃棄されたものを物色して持ち帰ろうとしているところだった(後にも先にもこの人が村で出くわした唯一の人物となった)。その後、動物の骨が散乱する一帯を抜けしばらく行くと、それらしき柵が見えてきた。基地跡だ!


後から知ったのだが、我々が入村した場所はフォーゲルザング駅から向かう道とは真逆の方向からで、基地の最後方に当たるところだったようだ。到着したは良いが見渡すばかり草原で、建物といえば壊れた監視塔のようなものが確認できるのみ。見取り図があるわけでもなく勘を頼りに動くしかないが、あいにく雨が降り始めた。こんな時のために準備していたポンチョを羽織り、木陰で雨宿り。するとそう遠くないところから、「パン、パンッ」という音が立て続けに聞こえてくるではないか。

「も、もしかして銃声?!」森の奥深くに隠された旧ソ連軍の跡地である。マフィアによる取引など犯罪の温床になっていてもおかしくはない。まさにここでいま殺人を犯した極悪人に見つかったら我々も口封じのために殺されるんじゃないだろうか、こんなところに誰も助けになど来てくれない、ヘリコプターが救助に来る頃には時すでに遅しだろう、楽しいはずのサイクリングこんなはずじゃなかった、などと冷えた体に氷水がつたうがごとく思考がめぐり、さっきまでのワクワクなど嘘のように吹っ飛びテンション急下降、無言で震えるヒルシュトオンチーム。

だがしばらく息を潜めていると物音もしなくなり、幸い雨も上がって来たので「さっきのは多分、誰かが何かを壊していた音だろう」と解釈することにし(ポジティブ)、気を取り直して先へ進んだ。ここから先は以下の写真をご覧いただきたい。とにもかくにも360度、どこを見ても廃墟しかない。まさしくゴーストタウン、廃村の風景である。














行き当たりばったりの探検は約2時間程で終了。暗くならないうちに退散しようということで、後ろ髪を引かれながらも草木が鬱蒼と茂る湿った森の中を今度は駅の方角に向かう。道が道として成り立っていない箇所も多く、倒れた木を自転車を担いでまたいだり、なかなかハードだ。

しばらく歩くと線路が見え、タイミングよく一時間に一本のベルリン行きの電車に間に合った。北から到着した満員の車両に愛車を積み込み、50分ほど揺られながら帰路に着いた。ちなみに無人駅のフォーゲルザングでは、乗車したい人はホームに立ち電車に向かって手を振り運転手に気づいてもらわなければならない。今時かなりアナログである。


驚きの事実
さて、帰宅してからフォーゲルザング村について改めて調べたところ、1952年から森の中に建設された兵舎の町には、軍人とその家族を含む15,000もの人が住んでいたらしい。関係者以外の立ち入りは禁止されており、劇場、商店、オフィス、ジム、学校、医療施設があったという。上空からの写真を見ると、その規模の大きさに驚く(我々は一部の地域しか歩いていない)。そしてさらに驚愕すべきことに1959年の初めには、核ミサイルR-5ポベダ12基が装備されていたというのだ。ソビエト軍の記録によると、核ミサイルは1959年8月に撤去されたらしいが、ちょっと背筋が凍るような話だ。


1994年、ロシア軍の撤退にともない軍の町は部分的に取り壊され、以来現在まで廃墟のまま放置されている。所有主はブランデンブルク州となっているが安全は保証できないため、立ち入りは基本的に禁止とのこと。ただし現地は人が入れないようにはなっておらず、言ってみれば野放しの状態。一部には防犯カメラのようなものが設置されていたが、どの程度機能しているのか疑問だ。廃墟を訪れたい人は自己責任でどうぞご自由に、という来るもの拒まず的な匂いがするが、思いつきとはいえよくもまあ丸腰で行ったものである。
ゴーストタウン「フォーゲルザング 」村を訪れる人は後を絶たない様子だが、数年前に撮られた写真などと比べると基地内の建物は相当劣化が進んでいるようだ。また、木々が生い茂っているため立ち入り禁止の柵を立てる必要もないくらい、このまま自然に飲み込まれ同化していってしまうような気さえする。参考までに2012年のデア・シュピーゲル誌オンライン版の記事をば。リンク先のフォトギャラリーの一番最後に2009年に撮られた基地の空中写真がある。圧巻。
