ラジオをながら聞きしていたら、ベルリンで人身売買が摘発されたというニュースが飛び込んできた。「Menschenhandeln(人身売買)」というショッキングな単語に耳をそばだてると、餌食となったのはベトナム人ということだった。

Tagesschauによると、ベトナムのマフィアを介し騙されてヨーロッパへ連れて来られた孤児などの貧しいベトナム人たちは、一人当たりおよそ400ユーロ(約5万円)で取り引きされ、自由を制限されたうえ、不当に働かされていた。その多くは食肉工場など、コロナの集団感染でその劣悪な労働条件が明るみとなった“柵の向こう”の工場だけでなく、マッサージ店やネイルスタジオなど、手先が器用なアジア人が健康や美を提供する場として、多くのヨーロッパ人たちに支持されている所でも強制労働させられていたというから驚く。また、売春宿で働かされた13歳の少女もいたという。このニュースは同じベルリンに暮らす私(うちの近所にもベトナム人が働くネイルスタジオがいくつかある)に衝撃を与えるには十分な内容だった。


デヴィッド・クローネンバーグ監督による映画『イースタン・プロミス(2007)』はヨーロッパにおける人身売買をテーマに、ロシアのマフィアと秘密警察、そしてひとりの助産師を取り巻くドラマが描かれた作品だ。舞台はロンドン。14歳のロシア人少女が出産直後に死亡、その場に立ち会った助産師が少女の残した日記を頼りに親族を探そうとするが、ロシアン・マフィアが関わっていたため思いもよらぬ事態に巻き込まれていく、というストーリー。タイトルの『イースタン・プロミス』は『人身売買』を指す言葉とのこと。

煙草をくゆらせながら鋼のような超絶的存在感を醸し出すヴィゴ・モーテンセンを筆頭に、目を覆いたくなるような激しい暴力描写まで、最初から最後まで一貫してアーティスティックな映像だ。ナオミ・ワッツが大型バイクにまたがる姿を斜め下から捉えた画が痺れるほどカッコいいし、マフィアのボスが経営するロシア料理店の内装の彩りがなんとも言えず危険で美しい。サウナで襲撃を受けたヴィゴ・モーテンセンが全裸で闘うシーンは映画史上に残る名場面だとかなんとか。

デヴィッド・クローネンバーグといえば『ヴィデオドローム(1982)』という気持ち悪くてよく分からない変な映画の監督、という印象しかなかったので、『イースタン・プロミス』がスタイリッシュで面食らった。巷では前作『ヒストリー・オブ・バイオレンス(2005)』と並んで大衆向けに作られた、クローネンバーグの映画の中でも比較的分かりやすい作品と分類されているらしい。ちなみに『ヒストリー・オブ・バイオレンス』でも主演するヴィゴ・モーテンセンは、この二作品によって私のお気に入り俳優リストの筆頭に加えられた。

ストーリーにはあまり関係がないけれど、マフィアのボスがレストランでヴァイオリンをギコギコと演奏する子供達に「もっと練習しなくちゃダメだ」と言い、楽器を取り上げてお手本を弾いてみせるところが個人的にツボだった。悪者のくせになかなかうまい演奏で思わずニヤリ。こういう何気ないところでも映画の良し悪しが決まるような気がする。うまくなりたいなら「練習しなきゃダメ」。そうなんだよね。


文と写真:萬谷衣里 Eri Mantani プロフィール