2018年秋のことだ。その日私はベルリン・テーゲル空港のチェックインカウンター前に立ち、少し早めに空港に到着できたことに満足しながら定刻通りに出発予定のシカゴ行き飛行機への搭乗手続きを行おうとしていた。普段よく利用する航空会社だったので、勝手を知った顔をして搭乗券を発行してもらおうとしていた私に、係員の男性が尋ねた。


「ハーヴェンジー ESTA?(エスタはお持ちですか?)」

「・・・ヴァスイスダス?(それなんですか?)」

聞いたことがない単語にキョトンとする私に係員の言葉が追い打ちをかける。

「あなた、ESTAを持っていないなら飛べませんよ」


なんでもアメリカをビザなし観光する際にはESTAという電子渡航認証システム(Electronic System for Travel Authorization: エスタ)の申請が義務化されており、それが認証されていないことには搭乗手続きは行えないという。寝耳に水とはまさにこのことで、みるみるうちに血の気が引いていくのがわかった。「とりあえずここに行って訊いてみてください」と親切な係員がメモをくれたので、空港内の別のカウンターへ全速力で駆け息急き切って尋ねるも、そのような手続きサービスは行っていないとのこと。


仕方なくまた全速力で戻りもう一度同じ係員に助けを求めると、エスタはインターネット上で申請できるとのこと。搭乗手続き時間中に認証されるかどうかは分かりかねるがトライしてみては、と言われる。通常は出発の72時間前までには申請を済ましておかなければならないそうだ。


この時点で動悸がかなり激しくなっているが、とにかく情報を、とスマホでエスタのサイトを開き、日本語のページを速読。これならできるかもしれない!と手続きを始めようとした。が、入力項目が多い上、パスポートの証明写真部分のデータアップロードも必要なためスマホ一台では遅々として進みそうにない。「とにかくやってみるから、ちょっとこのスペース使わせてください」とお願いし、キャリーケースからラップトップを取り出し、チェックインカウンターの一角で立ったまま作業を始めた。必死の形相でキーをタッチし続ける私の横を、搭乗券を手にした旅行客たちが談笑しながら次々と通り過ぎる。それを横目に見ながら『この列に加らねば!』と、全神経を指先に集中させ、『必ず間に合う』と心の中で呪文を唱えながらひたすら申請の手続きをすすめる。


スマホで撮ったパスポートの画像データをラップトップに転送し、ファイルをアップロード。申請費用14ドルを支払うためのクレジットカード番号を入力しようとしたところで、係のお姉さんが近寄ってきて


「ヴィア シュリーセン イン フュンフ ミヌーテン(あと5分でチェックインは締め切ります)」


と言うではないか。万事休す。いや、もうすぐ手続きが完了するのであとは認証メールがくるのを待つだけだ。手続き完了。しかし認証までに最大48時間かかると書いてある。ここまで辿り着けたのに、認証まで2日かかるのか?!もはや望みは絶たれた。。待つこと約2分。


諦めかけた瞬間、スマホがブルルと震え、新着メールを知らせた。ESTAからの『渡航許可通知』だった。


「イッヒ ハーベ アイネ ベステーティグング べコメン!!!ベステーティグング べコメン!!!!!!(通知が来た、の意)」


二度叫んだと思う。カウンターを閉めようとしていた係員たちが振り向いて『おお』という表情をしている。興奮しながら通知メールを見せると即対応してくれ、チェックイン締切1分前にして私は無事シカゴ行きの搭乗券を手にすることができたのだった。


こんな時限爆弾処理班の様な仕事をしたことがかつてあっただろうか。危機一髪、寿命も相当縮んだと思う。思い出してもあぶら汗が出る。どうにかこうにか20年ぶりにアメリカの地に足を踏み入れることができたが、空港まで迎えに来てくれたマルコ(日本人・仮名)に開口一番問いただしたのは言うまでもない。「なんで教えてくれへんかったん?」「あーエスタか。ごめん、忘れてたわ」。


旅慣れているから大丈夫だろう、と両者とも過信していたせいで、渡航に関してなんの情報収集・交換もしないままだったのは反省すべきところだ。せっかくのシカゴ滞在が水の泡になるところだった。個人旅行の怖すぎる罠。


文と写真:萬谷衣里 Eri Mantani プロフィール